当教室のピアノは最低年に2回メンテナンスをして
常に心地よい演奏ができるように調律や調整をしています。
このメンテナンスの中でメインとなる『調律』をする際には、
基準のHz(ヘルツ)を決める必要があるのですが、
世界標準値から、かけ離れすぎると演奏会場のピアノで演奏する際に耳の不都合が生じるし、かといって440Hzは落ち着かない、ヨーロッパオケ並みのピッチの442Hzでは高すぎるし…というわけで、私はA=441Hz(平均律)で調律師さんにお願いしています。
昔のピアノは、今より低い音だった?
その昔、古典派からロマン派にかけての時代には、現在のような世界共通の基準ピッチはありませんでした。
地域や時代、楽器、演奏団体によって、実際に使われていたピッチにはかなりの幅がありました。
たとえば18~19世紀のヨーロッパでは、現在の440Hzより低いピッチも多く使われており、A=430Hz前後のピッチも確認されています。
ここで、A=440Hzの平均律と比較してみると、A=430Hzは現在のAより約40セント低い音です。
つまり、440Hzから430Hzへの差は「約4分の1音」ではなく、約40セント、半音の約0.4に相当します。A=440HzにおけるA♭は約415.3Hzですから、430HzはA♭とAのちょうど中間ではなく、A寄りの位置にあります。
こうして考えると、200年以上の時間の中で、私たちが「基準音」として耳にするAの高さが、かなり変化してきたことが分かります。
クラビコードと「音律」の違い
余談になりますが、私が所有するクラビコード(古楽器)では、現代のピアノで一般的な平均律とは異なる音律を使って演奏することがあります。
ここで大切なのは、「ピッチ」と「音律」は別のものだということです。
ピッチとは、たとえば「A=440Hz」のように、基準となる音の高さを決めること。
一方、音律とは、1オクターブの中にある12の音を、それぞれどのような関係で配置するかという仕組みです。
ミーントーン(中全音律)は、その代表的な一つです。特にルネサンスからバロック初期にかけて用いられ、長3度を純正な響きに近づけることを重視した音律です。その一方で、すべての調を同じように自由に演奏できるわけではなく、調によって響きに違いが生じます。
また、ヤング音律は、18世紀末にトーマス・ヤングが考案したウェル・テンペラメントの一つです。平均律のようにすべての音程を均等にするのではなく、調によって微妙に音程を変えることで、それぞれの調に異なる響きや色彩を持たせます。
こうした音律で古楽器を弾いてみると、同じ「ド・ミ・ソ」という和音でも、現代のピアノとは違った表情を感じることがあります。
周波数とは?
音は、空気などの媒質の振動によって伝わります。
その振動が1秒間に何回繰り返されるかを数値で表したものが「周波数」で、単位にはHz(ヘルツ)を使います。
たとえばA=440Hzなら、「Aの音が1秒間に440回振動する」という意味です。
現在、国際的な標準ピッチとして定められているのがA=440Hzです。ISO 16では、A4(中央のドより上のラの音)の周波数を440Hzと規定しています。
ただし、これは「世界中のすべての演奏が必ず440Hz」という意味ではありません。
実際には、オーケストラによって442Hz、443Hzなどのピッチが使われることがあります。
音は空気の振動によって発生しますが、その振動の速さ(1秒間に振動する回数)を数値で表したものが周波数[Hz](ヘルツ)です。
現在、国際的な標準ピッチとして定められているのは、A4=440Hzです。これはISO 16で規定されている標準音高です。とはいえ、実際のオーケストラでは、440Hzに固定されているわけではなく、442Hzや443Hzなど、やや高いピッチが採用されることもあります。
歴史的なピッチは、時代や地域によってかなり異なるため、「この時代は必ずこのHzだった」と考えることはできません。
以下は、歴史上よく紹介される代表的なピッチの例です。
| 時代 | 名称など | 基準周波数 |
| 15~16世紀 ルネサンス時代 | ベネチアン・ピッチ | 466Hz |
| 17~18世紀 バロック時代 | バロック・ピッチ | 415Hz |
| 18世紀 バロック時代の後期 | ベルサイユ・ピッチ、フレンチ・ピッチ | 392Hz |
| 18世紀 ヘンデルによる | ヘンデルの音叉 | 422.5Hz |
| 18世紀 モーツァルトによる | モーツァルト・ピッチ | 422Hz |
| 18~19世紀 古典派時代 | 古典派ピッチ | 430Hz |
| 1859年 フランス政府による | フランス政府によって制定されたピッチ | 435Hz |
| 19世紀 ヴェルディによる | ヴェルディ・ピッチ | 432Hz |
| 1884年 イタリア政府による | イタリア政府によって制定されたピッチ | 432Hz |
| 1925年 アメリカ政府・団体による | アメリカ政府・団体によって制定されたピッチ | 440Hz |
| 1939年 国際会議による | ロンドン国際会議によって制定されたピッチ | 440Hz |
| 1953年 ISOによる | ISOによって制定された国際基準値 | 440Hz |
| 20世紀 カラヤンによる | カラヤン・チューニング | 446Hz |
| 現在 ウィーン交響楽団、ベルリン交響楽団など | 現在も使われている基準値以外のピッチ | 444Hz~448Hz |
ここで注意したいのは、歴史的なピッチには地域差・楽器差が非常に大きいということです。たとえば「バロック時代=415Hz」と単純に決めることはできません。現在、古楽演奏で415Hzが広く使われているのは、歴史的状況を踏まえた現代の演奏上の慣習の一つ、と考えたほうが正確です。
19世紀になると、国や地域ごとに基準ピッチを定めようとする動きが強くなります。
1859年にはフランスでA=435Hzの「ディアパソン・ノルマル」が制定されました。その後、440Hzを国際的な標準とする方向へ進み、ISO 16:1975ではA=440Hzが国際規格として定められ、現在も有効です。
引用:
432Hz にまつわる噂
ここからは、少し興味深い話です。
「A=432Hz」というピッチには、現在でもさまざまな説があります。
中には、
「432Hzは自然界と調和する周波数である」
「432Hzには特別な癒やし効果がある」
「ヴェルディやモーツァルトは432Hzで作曲していた」
といった話もあります。
しかし、これらをすべて事実として受け取ることはできません。
特に、
「ヴェルディ、モーツァルトは、すべての楽曲に432Hzを使っていた」
という説は、史実として確認できるものではありません。
ヴェルディと432Hz
ヴェルディについては、興味深い史実があります。
ヴェルディは高すぎるピッチが歌手の声に負担をかけることを問題視しており、《レクイエム》については、1859年にフランスで定められた標準調子であるA=435Hzを支持していました。
その後、ヴェルディはA=432Hzのほうが歌手にとってより快適であるという趣旨の考えも示しています。
1881年には、ミラノで開催されたイタリア音楽家会議で、ヴェルディ側がA=432Hzを支持する動きを見せています。さらに1884年には、イタリア陸軍省がA=432Hzを軍楽隊などの基準として定めました。
したがって、
「ヴェルディ=432Hz」
という話には歴史的な背景があります。
432Hzに言及した唯一の作曲家ではありますが、それを「ヴェルディがすべての作品を432Hzで作曲・演奏した」という意味に広げてしまうのは正確ではありません。
432Hzには本当に癒やし効果があるの?
では、432Hzを聴くと本当に人間の精神が安定するのでしょうか。
これは、まだ簡単には答えを出せない問題です。
432Hzと440Hzを比較した小規模な研究では、432Hzの音楽を聴いた場合に心拍数や不安、唾液中のコルチゾールなどに違いがみられたという報告があります。
一方で、これらの研究には参加者数や実験条件などの限界があり、432Hzが「究極の癒やし効果を持つ」と科学的に確立されたわけではありません。
ですから、私としては、
「432Hzには特別な力がある」
と断定するより、
「432Hzというピッチが、人間の感じ方や身体反応にどのような影響を与えるのかは、今後も研究していく価値のあるテーマ」
と考えるほうが面白いように思います。
興味深い記事があったので、リンクを張っておきます。
究極の癒やし効果と称された「432Hz」音楽にまつわる9つの嘘と真実
人間の精神が安定するピッチって?
音楽を聴くことで、いちごの生育が良くなるとか、乳牛のミルクの量に変化があるとか、さまざまな話を耳にすることがあります。
では、人間にとっても「心地よいピッチ」というものがあるのでしょうか。
本当に純正律の響きは心地よいのか。
人によって感じ方は違うのか。
それとも、ピッチだけではなく、音色や音量、和音、テンポ、演奏する楽器、さらには聴く人の経験や記憶など、さまざまな要素が関係しているのでしょうか。
そして、巷で話題になるシューマン共振との関係は……?
ピッチだけでは語り尽くせない話が、まだまだたくさんあります。
また続きは、後ほど♪

